皆さんの毎日はどのように始まり、どのように過ごし、どのように終わりますか?
私の毎日は朝6時に起きて、顔を洗って、体操をして、朝食をとって、歯を磨いて始まることが
習慣となっています。皆さんも毎日必ずといっていいほどしていることがあると思います。
それらのことの中でも良い習慣と悪い習慣があると思います。
私は良い習慣の基準は自分の身のためになるかならないかというところだと思います。
私の中では「習慣」=「継続」に置き換えられます。
なぜなら、「継続は力なり」という言葉がありますが、この言葉と習慣というものはとても
通じ合っているものがあると思うからです。
良いものを継続していけば自分が大きくなった時に良い習慣が身についていると思います。
しかし、悪いものを継続しても悪い習慣しか身につかず、
いざ自立していこうとなった時に困ってしまうかもしれません。
子供が間違ったものを身につけようとしたときには父親が良い方向へと導いていかなければ
なりません。
私も将来を見通して自分の身のためになることを習慣化していき立派な大人へと成長して
いきたいです。
JFAアカデミー福島3期生
浅岡大貴
『基本的な型・フォームを築かなければ努力をしても上達はしない』
言葉の通り、年限が成長していくなかで基礎的なことはとても重要です。
私たちもトレーニングの中で、パスや動きながらのプレーを中学生のころから徹底的に
やりました。これはパフォーマンス向上のための土台を作るためであり、これを怠ると
テクニックなどは積み上がっていきません。
普段の生活でもそれはとても重要です。正しい人間としての型をきちんとしつけすることで
人格が磨かれ、立派な人間へと成長するでしょう。
基礎をしっかりとすること。それは何事においても大切なことです。今は自分自身の型を
しっかりと固め、将来は人に型・フォームを正しくしつけできるようになりたいです。
JFAアカデミー福島
2期生 高野聡生
私は礼節を子どもに教えることは重要だと思います。
なぜなら礼節は、民族の文化とともに試行錯誤され、これが私たちの文化にあっていると
判断して定められてきたものだと考えるからです。だから、その文化の下で民族の一人
として生きるならば、その文化の礼節を知ることは重要だと思います。
ただ、礼節を子どもに教えるときに大事なことは、両親から教えてもらった礼節をそのまま
そっくり伝えるのではなく、自らがきちんと見直し、本当に正しいかを判断してから伝える
べきだと思います。
なぜならば、時代に流されてできてしまった礼節というものもあるからです。
いつか私が礼節を教える立場になった時に、堂々と教えることができるように、少しずつ
今私が知っている礼節が正しいのかを見直していきたいと思います。
JFAアカデミー福島
2期生 高見 優
日本には、「礼儀正しく謙遜の心をもち、相手を敬う」という文化があるように、どの民族にも
必ずその民族を象徴する文化があると思います。
文化とは他の民族にはない、その民族だけの伝統であるため、一人ひとりが自分たちの
文化を誇りに思い、大切にし、守っていく必要があると思います。なぜなら、先祖から代々、
受け継がれてきた文化は、いわば、その民族の歴史と等しく、次の世代へと受け継ぐことで、
歴史を残していかなければならないと思うからです。
父親はというと、子供の模範となり自分たちの文化を形だけでなく、なぜそういう文化がある
のかということも伝えていくべきだと思います。
私も日本の文化をもっと知っていき、次の世代に伝えていけるような父親になりたいです。
JFAアカデミー福島
3期生 浅岡大貴
現代では、小学校の50m走で全員が同時にゴールするところがあるように、みんな平等にしようとする傾向が
あります。このようなことが起きている背景には、差別などが問題視され、順位づけをしてはいけないという
考え方が出てきたことが理由として考えられます。
この傾向がリーダーや立派な父親への成長を妨げていると私は思います。なぜなら物事に対して向上や競争が
なくなり、リーダーが育たなく可能性があるからです。向上心、競争心がなくなると、「できない子」は頑張ろうと
しなくなり、「できている子」は周りに合わせようとし、みんな「普通の子」となってしまいます。つまり引っ張って
いこうとする人がいなくなり、リーダーが育たなくなると思います。
誰もが何事にも挑戦し、上手くいった人をみんなが称え、ほかの人もその人を目標とし成長していこうとする
仕組みができれば、おのずとリーダーは育っていくと私は思います。
JFAアカデミー福島
2期生 高野聡生
みなが一緒に幸せになれる正義の道を見つけるためには、公平で偽りのない正しい心を持ち、探究する
必要があると私は思います。その中でとくに私が大切だと思うのは、「正しい心」だと思います。
私が考える「正しい心」とは常に中立な立場で物事をとらえ、それに関わる全ての人に偏りのない利益が
得られるように考えられる心だと考えます。
私は、「正しい心」を持って正義の道を探求すれば、正義の道は平面から垂直に上に伸びると考えました。
垂直に上へのびているから、真上から幸せという光を当てても影ができることはありません。つまりみなが
幸せになれる、ということです。
しかし、「正しい心」ではなく偏りのある考えで探究すれば、正義の道は傾いて伸びると考えます。
なぜなら、「正しい心」を持っていればすべての人に偏りのない利益を考えるのに、偏りのある考えで一方の
考えを多く反映させれば、それだけその一方に利益が傾いて探究が進んでしまうと思うからです。
そうすると、幸せの光を上から当てたら影ができて、みなが幸せの光を受けることができなくなってしまいます。
ということは、みなが幸せになれていないので、正義の道にはつながらないと思います。
だから私は、「正しい心」が大切だと思います。
私はまだ「正しい心」を持つにはあまりにも知らないことが多いです。だから私は、たくさんのことを学び、
少しでも傾きのない「正しい心」を持った人間になっていきたいです。
JFAアカデミー福島
2期生 髙見優
父親は自分の家族を守っていくのは当たり前のことですが、
同時に全体の立場にもなって周りの幸せを考えていくことも必要だと思います。
人間には誰しも自分だけの得を考える利己心があると思いますが、
利己心に任せて行動ばかりしていては周りの人達は快くは思わないはずです。
サッカーで例えると、チームのことを考えず自分勝手なプレーばかりしてしまったりすることです。
けれども、自分勝手なプレーを我慢してチームためにプレーをすれば、たとえ自分が不満足でも試合に
勝つことはできると思います。
そのためには、サッカーにおいても、生活においても自分のまわりの人たちのことを考える利他心が
必要だと思います。
父親が利他の心をもち相手の気持ちになって行動していくことで、周りの人達はもちろん自分の家族も
気持ちよく生活することができると思います。
JFAアカデミー福島
3期生 浅岡大貴
自分が好きなことや得意なことを子どもに伝えることができる人は、立派な父親になると私は思います。
父親とは、子どもが成長するなかで、目標となる人物だと私は思います。
だから子どもは親の教育や行動によって、異なる成長をしていきます。
父親は自分の得意なことを教えることにより、子どもとの共通の趣味などを持ち、それに対して子どもは
尊敬をし、教えられているという愛情を感じます。
しかし父親が自分の得意なことを無理やりやらせることは、子どものやりたいことができずに、かえって
子供の成長を止めることになりかねません。
だから自分の意見を伝えると同時に、相手のことを思いやることが重要だと思います。
これらのことをバランスよくできる人が、立派な父親になれるのだと私は思います。
JFAアカデミー福島
2期生 高野聡生
いつもダイアリーをご覧いただきありがとうございます。
前期の文化委員長、吉田瑞生が任期満了となり、後期は私、髙見優が文化委員長となりました。
委員会のメンバーも変わり、新しいスタートを切った後期の文化委員会では、選手全員が関われる
大きなイベントを開催したいと考えています。そのために私は文化委員をしっかりまとめ、イベントの
開催に向けて取り組んでいきたいです。また、前期から始まったコラムは継続していきます。
引き続きこのコラムが、私たちの考えていることを表現する場であるとともに、成長の場にもなって
いけたらと思っています。
拙文ですが、今後もよろしくお願いいたします。
JFAアカデミー福島
2期生 髙見優
慈しむとは、「愛する、可愛がる、守る」などという意味ですが、
父親はとくに、今見える慈しみと、後になってわかる慈しみを使わなければならないと私は考えます。
今見える慈しみには、子どもによく世話をしてあげることなど、子どもと楽しく過ごすことです。
これによって、子どもと良好な関係を築くことができます。
後になってわかる慈しみには、だめなことに叱ることです。
これは、子どもにとってその時は不愉快かもしれませんが、子どもが成長し社会に出たときに過ちを犯すことが
少なくなると思います。
これによって、父親は子どもを守ることができます。
この二つの慈しみをできる人が、子どもから真の尊敬を抱かれる立派な父親なのではないでしょうか。
JFAアカデミー福島
2期生 高見優